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360万パワー

1977年生まれ

そろそろ奨学金の返済が終わる

大学院の時にかつての育英会から月に8.5万円借りた奨学金、最近では学資ローンとか借金と呼ばれるものの返済がそろそろ終わります。マスターの2年間だけなので200万円くらいの無利子で済みました。

その頃の研究室の助手は学部からドクターまで、合計1000万円以上なので免除されるまではアカデミックに残ると話していました。未だにアカデミックに残っているので、今頃は1000万円の借金はチャラになったんじゃないかと思います。

さて、日本の奨学金は返済が前提というのが問題視されています。しかし、どう問題なのか、どこが問題なのか私には判断できません。大学の授業料が安い方がいいだろうとは思いますが、希望する誰もが安い授業料で、場合によっては授業料の負担なく大学へ進学出来るべきだとは思いません。

というのも、皆が皆大学へ行く必要があるのかどうか?という疑問があります。必ずしも卒業論文を書くこともなく学士を取得できるような状況で借金を負ってまで大学を卒業するべきなのでしょうか?遊んで過ごす大学4年間よりも社会で実地から学ぶ方がよっぽど力になりそうな気がします。そんな現状の大学を一纏めにしていいのか疑問があります。

恐らく、同じようなことを多くの人が感じているというか、大学の意味ないでしょ!くらいには考えていると思うのですが、それにも関わらず大学卒業という資格を重んじるのが現状です。大卒を何か免罪符のように使う社会の方が問題なように感じますが、意味があるのかわからない大卒という資格よりも、その資格を得るための奨学金が問題なのでしょうか?

私が大学に入った時、学科のチュートリアルで海外の大学生は学費を自分で稼いでいる人が大半だと言われました。おまえらは学費を親に負担してもらうのだから稼がなくてすむ分は学べ!と言われました。 実際のところ、海外の大学生の学費を誰が負担しているのかわかりませんが、日本の大学生が過ごす4年間は学費を稼がないのであれば学ぶには十分な時間があると思います。しかし、十分に学んでいるのかというと、疑問を感じます。もちろん、それは自分の4年間の経験を鑑みてのことです。

大学生の学ぶ姿勢も疑問がありますし、大学側が十分なのかも疑問があります。現状では学生の学ぶ意欲に応えられない大学もあるでしょう。そもそも、そんな大学が存在していることがおかしいにも関わらず、そんな大学は間違いなく存在します。

少なくとも、十分に学べないような私立大学が一通り滅んでからでないと、日本における奨学金のあり方というのは見えてこないように思います。